クソみたいな同調圧力はスルーしませんか?

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以前、飲み屋でオヤジに絡まれました。
「太平洋戦争はアジアの解放のためだった。」
「中国人は民度が低い。ホテルで一緒になったことがあるがマナーが悪かった。」
「日本人は崇高な民族であ〜る」
というような、典型的な右翼の主張をしていました。




面倒だったので「あぁ、そうなんですか」と軽く流すと「もっと勉強したほうがいいよ!」と謎の説教。一時間ほど付き合わされました。店員曰く、どっかの社長ということだったので「こんだけ相手してやったし、もしかしたら奢ってくれるんじゃねーの?」と淡い期待を寄せていると・・・何事もなかったかのように帰って行った!ケチ!右翼ならば豪快であれ!

別にどういう考えを持とうと個人の自由だけど、右寄りの主張以外は「売国奴!」とか言って全否定してくるところは卑怯だな。「ご先祖様がこの日本を命を懸けて守ってくださったんだぞ。」とか言われるとこちらは立つ瀬がない。(あ、念のため言っときますと僕は8月15日は必ず護国神社を参拝し、英霊に感謝の誠を捧げています。)

この週末、「街場の五輪論」を読んでいると似たような話が出てきた。1964年東京オリンピックの時に「オリンピックだから」という、まるで黄門様の印籠のような一言で街が破壊され、都合の悪いことは隠蔽されたと。それが記憶にあるので今回のオリンピックにも反対だ!というのがこの本の骨子。



小田嶋「戦前の日本人が、全員イケイケで「戦争バンザイ!」と思ってたわけじゃなくて、まずいなと思っていた日本人だっていたはずなんだけど、気がついたら「戦争、ヤバいよ」と言えない世の中になっていた。問題は、好戦的な世論が醸成されることそのものよりも、世間の大勢に反対するタイプの世論が抑圧されていく構造にあったわけです。で、戦後になって、好戦的な論調が大勢を占めるところまではいってないけれども、少数意見が抑圧される社会的な構造は少しも変わっていない。そのことの典型的な姿が、今回の五輪招致で表面化しています。とにかく、反対意見が抑圧される。「反対する気持ちはわかるけど、口にだすと面倒なことになるよ」と、誰もがまわりを見回してから発言するようになる。」


小田嶋「本来、オリンピックと関係ない道路でも、「オリンピックが来ることだし、通しましょう」と強引に通す。なんか、結婚式場の営業が言う殺し文句の「一生に一度のことですから」に似てますよ。これ言われると、あらゆる無駄な出費や過剰な装飾がアリになっちゃう。」


内田「「御国のために」とか風呂敷拡げるやつはだいたい利己心でやっている。「個人的な損得を捨てて、大義のために命を賭けろ」ということを言うやつらは映画の中では全部ワルモノなのね。こういう連中は必ず大義名分を掲げるんだよ。「御国のために」と押し立てて、「お前らの持っているたいせつなものを供出しろ」と。そういう人間は、大きな看板を立てると好き放題なことができるのがわかっているから、大義名分を振りかざすんだよ。「御国のため」というようなことをうるさく言う人間は、実際にはどんな共同体に対しても責任を果たさない。責任というのは、顔の見える親族共同体や地域共同体に対してだけ果たしうるものだからね。だから、花田秀次郎は「御国のために」というようなことを言う連中を絶対に信じない。そして、映画のラストでそいつらをぶち殺しまくるわけですよ。大きな義理を掲げる人間は実は私利私欲だけで動いており、小さな義理に殉じる人間だけがほんとうに公共的なのだということは戦中派の人たちにとっては戦争経験がもたらした実感だったんだと思う。だから、「御国のため」という反論しがたい大義名分を掲げてきて、あれこれ指図がましいことを言うやつらを絶対に信用するな、と。そういう激しいメッセージが「昭和残侠伝」には込められていたと思うよ。」




下記は平川克美さんのエピローグの一節。心底、偶然の符合であって欲しいと思った。



最初のオリンピック招致が決定する少し前の1923年、東京は関東大震災に見舞われ、首都はほとんど壊滅状態であった。その2年後の1925年、治安維持法が国会を通過し、国民の政治活動が制限される。1937年、日中戦争。この緊迫する世界情勢の中で、1935年のIOC総会において1940年東京オリンピックが開催されることが決まった。しかし、ますます緊張の度を増す世界情勢のなかで、このオリンピックはまぼろしに終わった。そして、1941年、太平洋戦争が勃発する。



2011年東日本大震災によって、東北地方が壊滅的な打撃を受けた。そして、その2年後の2013年、特定秘密保護法案が国会を強行採決によって通過した。さらに、その7年後の2020年が、招致が決定した東京オリンピックである。そしていま、日本と中国の関係は、まぼろしに終わった東京オリンピック当時を彷彿とさせる緊張関係にある。



佐野研二郎の件も落ち着いたことですし、ここらでいっちょ五輪(というか、気色悪い同調圧力)のことについて考えてみませんか。文字も大きく、サクッと読める一冊になっていますのでスキマ時間に是非読んでみてください。





実はかくいう私も大学に入学してから、学校教育では教わることがなかった歴史に触れ、一時は右翼の言説に傾倒し、安倍晋三「美しい国へ」、麻生太郎「とてつもない日本」、田母神俊雄「自らの身は顧みず」などを読みふけっていました。まさに、黒歴史・・・

今思えばその主張の内容というよりも、秘密に迫ることができたという選民意識のようなものに陶酔していたのかも。ただ、色々なことを知れば知るほど、「右翼とか左翼とか何なん!どっちもどっちや!」と思うようになりました。「そんなことより世界をより良いものにするためにはどうしたらいいんだ?」と。そう考えると、飲み屋のオヤジは私の後輩のようなもの。勉強を重ねて、偏狭なものの見方を卒業してもらいたいと思います。

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